最後まで読んで、半分泣きそうになって笑ったのは久しぶり。一から十まで想像を絶する、著者の脳機能障害の苦闘に同情したわけでもなさそうで、どちらかと言えば彼女の発する逞しい「ヘンな人」感とそれを肯定する力にふふふと惚れてしまいそうになったのだろう。
ゲラを読んだとき、「この人(=私)、ヘンな人だな」と思いました。/「そうか。私は自分が思っていたよりも“ヘンな人”だったのか……」/ うれしくはありませんでしたが、笑ってしまいました。
あとがき
ここですよ、泣きそうになって笑ったのは。このあとの結語では、ジンときました。
みんがそれぞれにちょっとヘンで、それが自然な社会のなかでは、「どっちが正真正銘のヘンか」とか「どっちのほうが上等のヘンか」などと比べ合うこともないでしょう。誰もが、どこかヘンなままで、苦しむことなく、そのままに生きられたらいいなぁと、強く強く願っています。
SNSなどを中心に排除しあう風がやや強まっている現代だからこそ、こうした紙の本が多く読まれてほしいと切に念う。(デジタルバージョンがだめってわけではなくて、紙の本が似合う気がしてる。五感の鋭い人にも、多少弱ったりしている人にも。)
それから是非記しておきたい点が2個。まずは表紙のデザインと絵が絶妙。文字は明朝とゴチックがまぜこぜの字体なのだが、著者の文字認識の苦しさが滲んでいる。絵のほうは、たぶん、描かれた女性は著者なのだろう。じっと見てると、こちらを見据えているようでもあり、わずかに微笑もうとする瞬間でもあり、診察されることに緊張している患者風でもあり、ほんとうは座していながら心ここにあらずかもしれない、などと妄想させる気配を発している。そして、もう一つの発見は、著者の文章力の魅力。比類ない喩えの数々。たとえば嗅覚障害で幻臭と本物の匂いに接したとき
本物だろうが、偽物だろうが、香りを感じられたとき、私は、恋人に抱きしめられた若い女性のようにうっとりするのです。
暴風雨の海をカヌーで渡った末にやっと静かな入江にたどり着いたように、その平穏さは、かけがえのないものに感じられました。
先日、テレビから料理研究家・土井善晴さんの柔らかい関西弁が響いてきました。/「味噌汁は、濃くてもおいしい。薄くてもおいしい」/ ああ、その瞬間、土井さんのおでこから放たれた世界を照らすビームに貫かれたと思いました。
これらの比喩の美しいことよ。あたかも仏典の編者がほとけの悟りの世界を伝えるのに膨大な比喩を繰り広げたのに似ているとさえ思う。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 映画にしなければならないもの(INTERVIEW)瀬々敬久・佐藤健・阿部寛/キネマ旬報2021年10月上旬号
- 小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌/回顧展公式カタログ兼書籍
- シンポジウム「明日に向けて、何をどう書いていくか」日本児童文学者協会2021公開研究会/案内リーフレット
- 「ぞうもかわいそう」再びー『かわいそうなぞう』の虚偽(筆)長谷川潮/『日本児童文学』2021年9・10月号特集「伝える」を問い直す
- レイシズムを考える(編)清原悠
- 咀嚼不能の石(筆)古矢旬/『図書』岩波書店定期購読誌2021年9月号巻頭
- 読書の敵たち(筆)大澤聡/『図書』岩波書店定期購読誌2021年9月号所収
- 宵の蒼(著)ロバート・オレン バトラー(訳)不二淑子/「短編画廊 絵から生まれた17の物語」所収 (ハーパーコリンズ・フィクション)
- 木村素衞――「表現愛」の美学 (再発見 日本の哲学)(著) 小田部胤久
- たまごのはなし(作・絵)しおたにまみこ