日本初。1936年にバレンタインデーとチョコレートの濃密な関係の端緒をひらいた広告はモロゾフ(神戸市)のもの。ただし、そんな昔に日本でバレンタインデーが始まったわけではない。英字広告であることから分かるように、これは神戸在住の欧米人向けだった。ただ特筆すべきは、デザインなのだ。ハートマークが使われていること。著者の知見によれば「このハートこそ、トランプ以外で、日本に現れた最初のハート」。
日本人にとってheart は当初「心臓」の意味でしか理解されておらず、「こころ」は別物だったので、トランプのハートマークを見ても「こころ」をイメージしないし、ましてや「愛する」「愛しい」との意味など無縁だったのだ。菓子メーカーの努力が報われて、バレンタインデーとチョコが結びつくにはハートマークをカワイイと認識する文化の浸透を待たなければならなかったらしい。
ほかに「〒」郵便マーク誕生のおはなしも興味深い。明治20年2月8日に逓信省(といっても若い人は知るまい。郵政省その他の前身)が発表したシンボルマークは「T」だったのに、これはまずいと11日後にその発表を誤植といって修正変更してみせたとか。おそらく上層部の鶴の一声で決めたのに、発表した途端「T」は当時の「料金未納印」に酷似してると騒がれて、それを知らなかったとは言えずに横棒一本足して誤植と誤魔化したもよう。そんな経緯で決まったのに、後々、優れたデザイン性が愛され今なお親しまれている。デザインの世界の、特に日本のデザインの歴史の不思議と奥深さを見た思いがする。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 「おばさん」がいっぱい(執筆)三辺律子(『図書』岩波書店定期購読誌2021年4月号/本をひらいた時)
- 七万人のアッシリア人 ウイリアム・サローヤン(著)斉藤数衛(訳)現代アメリカ作家集上巻所収1971年初版
- 季(とき)間中ケイ子(筆)ほか/日本児童文学2021年3・4月号 特集25年後の子どもたちへ
- カフカらしくないカフカ 明星聖子(著)
- 雪の練習生 多和田葉子(著)
- 物理の館物語(著者不明)/小川洋子『物理の館物語』参照(柴田元幸編『短篇集』所収)
- 『還れぬ家』『空にみずうみ』佐伯一麦(著)
- 十一年目の枇杷(執筆)佐伯一麦(『図書』岩波書店定期購読誌2021年3月号/巻頭)
- もっともらしさ(執筆)畑中章宏(『図書』岩波書店定期購読誌2021年3月号/らしさについて考える④)
- 【続】フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い化面』小野正嗣(筆)NHK100分de名著