これは新カフカ論に見せかけたテクスト論風の小説として愉しもう。わたしは大好きです、明星さん。(と書くと著者個人に恋していると錯覚する御仁もあるやもしれないが、まあいいです。)作家の作品を作者の人生から切り離して鑑賞するのが正当だとする意見もあれば、作者のリアル人生とシンクロさせてこそ開かれる世界があると訴えるのも説得力がある。本書は後者の立場でカフカの残した膨大な私信類とセットで『判決』やら『変身』『審判』などを読み直していく。キーワードは「嘘」。恋人(と一応しておこう)フェリスに宛てた手紙の異常さと、フェリへの献辞付きで一晩で書き上げた『判決』との関聯ではじまる読み解きは、小説のプロローグそのものだ。
わたし的に一番の盛り上がり、というかどんでん返しは、エピローグ後の「あとがきらしくないあとがき」にあった。念入りに、まずこうある。
とくに日記や手紙については、批判版でしか読めない部分、公表されていないものが多数ある(不安に感じているかもしれない読者のために少し補足しておけば、本書で扱っている『判決』や『変身』は、カフカが生前出版したものであるため、私が重要視してきた遺稿編集の難問を免れている)。
『審判』のなかで聖職者とヨーゼフ・Kの交わす、騙した、騙していないの話題のすえに、カフカはKの心境をつづる。「あまりに疲れすぎていて、単純な話をゆがめてしまった。だから、捨ててしまいたいーー。」と。これを受けての、著者の締めくくりの独白が秀逸なのだ。
私も、本当は捨ててしまいたかった。
でも、もっと本当は、私もわかってほしかった。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 映画にしなければならないもの(INTERVIEW)瀬々敬久・佐藤健・阿部寛/キネマ旬報2021年10月上旬号
- 小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌/回顧展公式カタログ兼書籍
- シンポジウム「明日に向けて、何をどう書いていくか」日本児童文学者協会2021公開研究会/案内リーフレット
- 「ぞうもかわいそう」再びー『かわいそうなぞう』の虚偽(筆)長谷川潮/『日本児童文学』2021年9・10月号特集「伝える」を問い直す
- レイシズムを考える(編)清原悠
- 咀嚼不能の石(筆)古矢旬/『図書』岩波書店定期購読誌2021年9月号巻頭
- 読書の敵たち(筆)大澤聡/『図書』岩波書店定期購読誌2021年9月号所収
- 宵の蒼(著)ロバート・オレン バトラー(訳)不二淑子/「短編画廊 絵から生まれた17の物語」所収 (ハーパーコリンズ・フィクション)
- 木村素衞――「表現愛」の美学 (再発見 日本の哲学)(著) 小田部胤久
- たまごのはなし(作・絵)しおたにまみこ