予備知識なしに読んだ。何者? 強靱な心眼でヒトとの対話の表も裏も奥までも瞬時に読解反応して、押しつけがましくない思いやりに満ち満ちた言動を返せる人。相手が心閉ざしたおとなであろうと、無邪気にみえる幼児であろうと、姿勢は変わらない。そんな神仏さながらの優しさをもつ彼女は、自身が食べることも眠ることもできないほどの地獄の苦に沈んだ過去の傷跡さえも静かに観察して、心眼の深度を上げてきたようだ。
ひとの声に耳を傾けることを仕事にした沖縄在住の研究者であり、インタビュアーであり、幼子の母であり、今を生きる人間代表として、解決の見えない問題をおだやかな言葉にして紡いでいる。彼女のまえでは、沈黙もまた雄弁。
そうやって聞き取ったほとんどは、しばらくのあいだは書くことができないことだ。語られることのなかった記憶、動くことのない時間、言葉以前のうめき声や沈黙のなかで産まれた言葉は、受け止める側にも時間がいる。
逡巡と沈黙の時間をふたりでたどり、それから話はぽつんと終わる。そして最後は静かになる。
最近の読書10冊(予定を含む)
- サン=テグジュペリ Saint-Exupéry R.M.アルベレス(著)中村三郎(訳)1998年改訂版
- においのカゴ 石井桃子創作集 大西香織(編集)
- 日本美術のことばと絵 玉蟲敏子(著)角川選書571
- 考える江戸の人々 自立する生き方をさぐる 柴田純(著)
- だまされ屋さん 星野智幸(著)
- 日本幼児史 子どもへのまなざし 柴田純(著)
- 雪の森のリサベット アストリッド・リンドグレーン(作)イロン・ヴィークランド(絵)石井登志子(訳)
- 子どもらしさ(執筆)畑中章宏(『図書』岩波書店定期購読誌2021年2月号/らしさについて考える③)
- ブリキの卵/この世は少し不思議 恩田陸(著)「タマゴマジック」所収・河北新報出版センター発行
- 分断を超えるハンセン病文学の言葉(執筆)木村哲也(『図書』岩波書店定期購読誌2021年2月号)