
木村の言葉を借りるならば、「歴史に於いては一定不変の過去と云うものは存在し得ない」(「意志と行為」二一五頁)、ということである。芸術史の秩序はその都度完結している、すなわち芸術史とはまさにあるべき作品からなるが、そうであるために、「本当に新しい」作品が生まれるとき、この秩序は新たに作り直されなくてはならない。(中略)現在において新たに生じるものが過去を同時に再編成するのであるから、過去と現在は双方向に関係し合う。
第四章 国家ーー個人と人類を媒介するものとしての
著者小田部さんの作業もまた、木村素衛の哲学を再構築しているのだし、そのようにして哲学(に限らずあらゆる学問・思想など)は忘れ去られてしまわない限りに於いて、恒に「読まれる今」によって変質し続ける、つまりそれが生き続けるということなのだと念う。
正直「表現愛」はよくわからないが、小田部胤久さんが詠み込んだ木村素衛著作は、かつてついつい西洋から見て東洋的と既定されきたった日本の哲学を呪縛から解放することには成功しているような気がする、たぶん。
わたしも最近「読書」というものの意味を、こうした歴史認識と重ね合わせている。だから読書は、読んでいるその時々刻々が愉しい。
最近の読書10冊(願望を含む)
- 縄文を創った男たち~信長、秀吉、そして家康~(上巻)by さくや みなみ (著), みづ (イラスト)
- 古い玩具 : 福田晋雑文集
- 風の生活 kaze no kurashi(佐々木幹郎詩集)
- 江古田文学63号●特集「天才 左川ちか」●日本大学藝術学部 発行
- お葬式 死と慰霊の日本史お葬式 (著)新谷 尚紀
- 内なるゲットー Le Ghetto intérieur (著)サンティアゴ・H・アミゴレナ(訳)齋藤可津子
- 森鷗外:於母影研究 (慶応義塾大学国文学研究会/編)
- マルジナリア(著)エドガー・A・ポオ(訳)吉田健一(創元選書135)
- 宝石の国 第1巻(アフタヌーンコミックス)
- 【続編/第3回を読む】Momo ミヒャエル・エンデ(NHK 100分で名著)


