これは新カフカ論に見せかけたテクスト論風の小説として愉しもう。わたしは大好きです、明星さん。(と書くと著者個人に恋していると錯覚する御仁もあるやもしれないが、まあいいです。)作家の作品を作者の人生から切り離して鑑賞するのが正当だとする意見もあれば、作者のリアル人生とシンクロさせてこそ開かれる世界があると訴えるのも説得力がある。本書は後者の立場でカフカの残した膨大な私信類とセットで『判決』やら『変身』『審判』などを読み直していく。キーワードは「嘘」。恋人(と一応しておこう)フェリスに宛てた手紙の異常さと、フェリへの献辞付きで一晩で書き上げた『判決』との関聯ではじまる読み解きは、小説のプロローグそのものだ。
わたし的に一番の盛り上がり、というかどんでん返しは、エピローグ後の「あとがきらしくないあとがき」にあった。念入りに、まずこうある。
とくに日記や手紙については、批判版でしか読めない部分、公表されていないものが多数ある(不安に感じているかもしれない読者のために少し補足しておけば、本書で扱っている『判決』や『変身』は、カフカが生前出版したものであるため、私が重要視してきた遺稿編集の難問を免れている)。
『審判』のなかで聖職者とヨーゼフ・Kの交わす、騙した、騙していないの話題のすえに、カフカはKの心境をつづる。「あまりに疲れすぎていて、単純な話をゆがめてしまった。だから、捨ててしまいたいーー。」と。これを受けての、著者の締めくくりの独白が秀逸なのだ。
私も、本当は捨ててしまいたかった。
でも、もっと本当は、私もわかってほしかった。
最近の読書10冊(予定を含む)
- サニーちゃん、シリアへ行く 長有紀枝(文)葉祥明(絵)黒木英充(監修)
- 江戸の空見師 嵐太郎 佐和みずえ(著)
- その白さえ嘘だとしても 河野裕(著)階段島シリーズ第二作 新潮文庫書き下ろし
- indigo+ 赤崎チカ(著)Time is Art シリーズⅢ
- 古書店主とお客さんによる古本入門 漱石全集を買った日 山本善行×清水裕也(対談)
- 暮しの手帖1971年夏号
- 八年後のたけくらべ 領家髙子(著)
- キャパとゲルダ ROBERT CAPA & GERDA TARO ふたりの戦場カメラマン EYES OF THE WORLD マーク・アロンソン&マリナ・ブドーズ(著)原田勝(訳)
- ウルスリのすず SCHELLEN-URSLI ゼリーナ・ヘンツ(文)アロイス・カリジェ(絵)大塚勇三(訳)
- まことに残念ですが… ROTTEN・REJECTIONS 不朽の名作への「不採用通知」160選 アンドレ・バーナード(編著)木原武一(監修)中原裕子(訳)