これは新カフカ論に見せかけたテクスト論風の小説として愉しもう。わたしは大好きです、明星さん。(と書くと著者個人に恋していると錯覚する御仁もあるやもしれないが、まあいいです。)作家の作品を作者の人生から切り離して鑑賞するのが正当だとする意見もあれば、作者のリアル人生とシンクロさせてこそ開かれる世界があると訴えるのも説得力がある。本書は後者の立場でカフカの残した膨大な私信類とセットで『判決』やら『変身』『審判』などを読み直していく。キーワードは「嘘」。恋人(と一応しておこう)フェリスに宛てた手紙の異常さと、フェリへの献辞付きで一晩で書き上げた『判決』との関聯ではじまる読み解きは、小説のプロローグそのものだ。
わたし的に一番の盛り上がり、というかどんでん返しは、エピローグ後の「あとがきらしくないあとがき」にあった。念入りに、まずこうある。
とくに日記や手紙については、批判版でしか読めない部分、公表されていないものが多数ある(不安に感じているかもしれない読者のために少し補足しておけば、本書で扱っている『判決』や『変身』は、カフカが生前出版したものであるため、私が重要視してきた遺稿編集の難問を免れている)。
『審判』のなかで聖職者とヨーゼフ・Kの交わす、騙した、騙していないの話題のすえに、カフカはKの心境をつづる。「あまりに疲れすぎていて、単純な話をゆがめてしまった。だから、捨ててしまいたいーー。」と。これを受けての、著者の締めくくりの独白が秀逸なのだ。
私も、本当は捨ててしまいたかった。
でも、もっと本当は、私もわかってほしかった。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 声無くして人を呼ぶ(執筆)川端知嘉子(『図書』岩波書店定期購読誌2021年2月号/巻頭)
- おさがしの本は 門井慶喜(著)
- 穴 小山田浩子(著)
- 工場 小山田浩子(著)
- ヴァン・ゴッホ・カフェ THE VAN GOGH CAFE シンシア・ライラント(作)中村妙子(訳)ささめやゆき(絵)
- 手塚治虫コミックストリックス
- しもやけぐま 今江祥智(文)あべ弘士(絵)
- 壁 濱野京子(筆)大島千明(画)日本児童文学2021年1・2月号 創作特集ディスタンス
- 子どもが感じる「距離」井嶋敦子(筆)日本児童文学2021年1・2月号 創作特集ディスタンス
- 追悼 藤富保男(季刊びーぐる 詩の海へ 38号特集)