これは新カフカ論に見せかけたテクスト論風の小説として愉しもう。わたしは大好きです、明星さん。(と書くと著者個人に恋していると錯覚する御仁もあるやもしれないが、まあいいです。)作家の作品を作者の人生から切り離して鑑賞するのが正当だとする意見もあれば、作者のリアル人生とシンクロさせてこそ開かれる世界があると訴えるのも説得力がある。本書は後者の立場でカフカの残した膨大な私信類とセットで『判決』やら『変身』『審判』などを読み直していく。キーワードは「嘘」。恋人(と一応しておこう)フェリスに宛てた手紙の異常さと、フェリへの献辞付きで一晩で書き上げた『判決』との関聯ではじまる読み解きは、小説のプロローグそのものだ。
わたし的に一番の盛り上がり、というかどんでん返しは、エピローグ後の「あとがきらしくないあとがき」にあった。念入りに、まずこうある。
とくに日記や手紙については、批判版でしか読めない部分、公表されていないものが多数ある(不安に感じているかもしれない読者のために少し補足しておけば、本書で扱っている『判決』や『変身』は、カフカが生前出版したものであるため、私が重要視してきた遺稿編集の難問を免れている)。
『審判』のなかで聖職者とヨーゼフ・Kの交わす、騙した、騙していないの話題のすえに、カフカはKの心境をつづる。「あまりに疲れすぎていて、単純な話をゆがめてしまった。だから、捨ててしまいたいーー。」と。これを受けての、著者の締めくくりの独白が秀逸なのだ。
私も、本当は捨ててしまいたかった。
でも、もっと本当は、私もわかってほしかった。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 戦争は女の顔をしていない(著)スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(訳)三浦みどり
- 徹底して戦争と死について書く(執筆)沼野充義(『図書』岩波書店定期購読誌2020年11月号巻頭)
- 夢の舟唄(德永民平詩集)
- わさびの日本史 (著)山根京子
- 国家への道順(著)柳美里
- 正義のゲーム理論的基礎(著)ケン・ビンモア(訳)栗林寛幸
- 社会契約論ーーホッブス、ヒューム、ルソー、ロールズ(ちくま新書)(著)重田園江
- 40代から始めよう! あぶら身をごっそり落とす きくち体操
- スケール 上──生命、都市、経済をめぐる普遍的法則(著)ジョフリー・ウェスト(訳)山形浩生・森本 正史
- 多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)