これは新カフカ論に見せかけたテクスト論風の小説として愉しもう。わたしは大好きです、明星さん。(と書くと著者個人に恋していると錯覚する御仁もあるやもしれないが、まあいいです。)作家の作品を作者の人生から切り離して鑑賞するのが正当だとする意見もあれば、作者のリアル人生とシンクロさせてこそ開かれる世界があると訴えるのも説得力がある。本書は後者の立場でカフカの残した膨大な私信類とセットで『判決』やら『変身』『審判』などを読み直していく。キーワードは「嘘」。恋人(と一応しておこう)フェリスに宛てた手紙の異常さと、フェリへの献辞付きで一晩で書き上げた『判決』との関聯ではじまる読み解きは、小説のプロローグそのものだ。
わたし的に一番の盛り上がり、というかどんでん返しは、エピローグ後の「あとがきらしくないあとがき」にあった。念入りに、まずこうある。
とくに日記や手紙については、批判版でしか読めない部分、公表されていないものが多数ある(不安に感じているかもしれない読者のために少し補足しておけば、本書で扱っている『判決』や『変身』は、カフカが生前出版したものであるため、私が重要視してきた遺稿編集の難問を免れている)。
『審判』のなかで聖職者とヨーゼフ・Kの交わす、騙した、騙していないの話題のすえに、カフカはKの心境をつづる。「あまりに疲れすぎていて、単純な話をゆがめてしまった。だから、捨ててしまいたいーー。」と。これを受けての、著者の締めくくりの独白が秀逸なのだ。
私も、本当は捨ててしまいたかった。
でも、もっと本当は、私もわかってほしかった。
最近の読書10冊(予定を含む)
- 飛ぶ教室66号(2021年夏) 特集:あの物語とその周辺
- 読書からはじまる(著)長田弘/ちくま文庫
- 子どもの本のグレートランナーに聞く! 第1回 神宮輝夫/飛ぶ教室 第61号(2020年春)所収
- 日本の住宅(著)藤井厚二/藤井厚二建築著作集に収録
- コロナと無責任な人たち(著)適菜収/祥伝社新書
- 佐藤愛子の世界(文春ムック)
- 福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか(著)髙野徹・緑川早苗・大津留晶・菊池誠・児玉一八
- 【再掲】うたうかたつむり 野田沙織詩集
- 暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ(著)堀川惠子
- 橋本夢道物語―妻よおまえはなぜこんなに可愛いんだろうね(著)殿岡駿星