知魚楽(昭和文学全集33評論随想集所収/湯川秀樹)

「色紙に何かかけとか、額にする字を書けとか頼んでくる人が、あとを断たない。」で始まるエッセイは偉大なノーベル賞受賞者湯川秀樹大先生だから言える不満だろう。でも現在も受賞者の皆さんは同じような依頼攻勢に辟易しているに違いない。

さて、昭和46年の湯川先生は「知魚楽」と書いておられた由。すると、今度は必ずその意味を問われるという。荘子外篇第17秋水の一節で先生は科学者として荘子の言わんとするところに強く同感とある。

そして話は素粒子の正体論議に飛躍する。直接、構造を見分けることは不可能に近いといいつも、「いつかは素粒子の心を知ったといえる日が来るだろう」と仰せらる。荘子が魚の楽しみを知ったほど簡単で無いと断った上で。素粒子の心? そう表現される先生は洋の東西を超越した領域に遊んでおられるのだと思うと愉しい。

 

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