木村の言葉を借りるならば、「歴史に於いては一定不変の過去と云うものは存在し得ない」(「意志と行為」二一五頁)、ということである。芸術史の秩序はその都度完結している、すなわち芸術史とはまさにあるべき作品からなるが、そうであるために、「本当に新しい」作品が生まれるとき、この秩序は新たに作り直されなくてはならない。(中略)現在において新たに生じるものが過去を同時に再編成するのであるから、過去と現在は双方向に関係し合う。
第四章 国家ーー個人と人類を媒介するものとしての
著者小田部さんの作業もまた、木村素衛の哲学を再構築しているのだし、そのようにして哲学(に限らずあらゆる学問・思想など)は忘れ去られてしまわない限りに於いて、恒に「読まれる今」によって変質し続ける、つまりそれが生き続けるということなのだと念う。
正直「表現愛」はよくわからないが、小田部胤久さんが詠み込んだ木村素衛著作は、かつてついつい西洋から見て東洋的と既定されきたった日本の哲学を呪縛から解放することには成功しているような気がする、たぶん。
わたしも最近「読書」というものの意味を、こうした歴史認識と重ね合わせている。だから読書は、読んでいるその時々刻々が愉しい。
最近の読書10冊(願望を含む)
- EREWHON エレホン サミュエル・バトラー(著)武藤浩史(訳)
- 失われた芸術作品の記憶 ノア・チャーニイ(著)服部理佳(訳)
- 問いかけるアイヌ・アート 池田忍(編)五十嵐聡美・貝澤 徹・小笠原小夜・吉原秀喜・高橋 桂・中川 裕・山崎明子・池田 忍(著)
- 撤退の時代だから、そこに齣を置く(執筆)赤坂憲雄(『図書』岩波書店定期購読誌2021年1月号/往復書簡「言葉をもみほぐす」最終話)
- 絵本の本 中村柾子著
- 藤井聡太 すでに棋士として完璧に近い(谷川浩司筆・文藝春秋2021新年特別号所収)
- 石たちの声がきこえる マーグリート・ルアーズ(作)ニザール・アリー・バドル(絵)前田君江(訳)
- 国旗のまちがいさがし 苅安望(監修)
- ひみつのビクビク フランチェスカ・サンナ(作)なかがわちひろ(訳)
- あしたはきっと デイヴ・エガーズ(文)レイン・スミス(絵)青山南(訳)